久米島の直接海洋回収が示すCCUS新局面、海運・航空を巻き込む脱炭素事業の現実解
ニュースの概要
日立製作所、商船三井、日本航空の3社が、沖縄県久米島で海水中に溶け込んだ二酸化炭素を分離・回収する直接海洋回収の実証に乗り出す。覚書に基づく取り組みでは、既存の海水取水設備から実際の海水を取り込み、処理後に海へ戻す一連の工程を検証する。実海域の設備と接続した国内初の試みとされ、工場や発電所の排ガスを対象にしてきたCCUSを、海洋に蓄積された炭素の除去へ広げる点が特徴だ。海運と航空という排出削減が難しい産業の企業が参画することで、回収技術だけでなく、輸送、環境価値の説明、将来の費用負担までを同時に検討する実証になる。
引用元: 日立、商船三井、JALが沖縄・久米島で海水中のCO2を直接回収する国内初の実証へ(Sustainable Japan / LNEWS)
分析・見解
回収装置の性能だけでなく、取水から排水までを実地で確認
今回の実証で重要なのは、二酸化炭素を回収する装置の性能だけではない。海水を取り込み、化学的または電気的な処理で溶けている二酸化炭素を分離し、処理後の水を海へ戻すまでの一連の流れを、実際の水質と運転条件で確かめる点にある。研究室で使う模擬海水では、温度や塩分、濁り、生物の付着、季節による変化といった現場特有の問題が見えにくい。久米島での検証は、設備の目詰まりや腐食、薬品の補充、回収した二酸化炭素の純度、排水のアルカリ度や水温への影響を同時に測る機会になる。
大気から集める技術と比べた効率と、電力込みでの検証課題
大気から直接二酸化炭素を回収するDAC(=空気中の二酸化炭素を直接集める技術)と比べると、海水は大気より二酸化炭素を高い濃度で含む。そのため分離の効率を高められる可能性がある。一方で、海水を大量に運ぶポンプの動力や、膜・電極・吸収材の交換費用がかかる。回収量だけを示しても十分ではない。取水、前処理、分離、圧縮、輸送、貯留または利用までを含めた全工程で、使った電力1キロワット時あたりどれだけ正味の除去ができるかを示す必要がある。電源が化石燃料中心なら、回収した量の一部が運転時の排出で相殺されてしまうからだ。
工場の排出回収とは異なる仕組みと、久米島という立地の意味
この技術は排出源での回収とも性格が異なる。製鉄所やセメント工場のCCS(=二酸化炭素回収・貯留技術)は、煙突から出る高濃度の二酸化炭素を対象にするため、削減効果を排出源ごとに把握しやすい。対してDOC(=海水から二酸化炭素を取り出す技術)は、過去に大気へ放出された二酸化炭素を海の炭素循環から取り出す、炭素除去に近い取り組みだ。したがって、回収した二酸化炭素を地中に長期間貯めておけるか、海に戻した処理水が生態系に与える影響は許容範囲か、二重計上を避けた測定・報告・検証ができるかが、設備の稼働率と同じくらい重要になる。
久米島が単なる実験場所ではなく、海水淡水化や地域のエネルギーと接点を持つ点も独自の意味を持つ。海水を扱う既存の設備とつなげられれば、新たに取水設備を一から作る負担を抑えられる可能性がある。その半面、淡水化設備の運転を妨げないこと、排水の性状を管理すること、島の電力需給に過度な負荷をかけないことが前提になる。小規模な島で運転データを集めるからこそ、将来の港湾、工場、発電所に広げられる条件と、地域では受け入れられない条件を切り分けられる。
商船三井・日本航空の参加が示す狙いと、商用化への距離
商船三井と日本航空の参加も象徴的だ。海運と航空は、燃料の転換だけで短期間に排出をゼロにすることが難しい。持続可能な航空燃料や、メタノール・アンモニアなどの導入を進めても、残る排出はゼロにならない。DOCがその埋め合わせに使えるとしても、質の低い炭素クレジットを買うだけでは信頼を失う。まず自社の燃料効率化や運航の改善を進め、そのうえで除去効果の永続性と追加性を確認した炭素除去を組み合わせる順序が必要だ。今回の3社連携は、技術会社と需要側、輸送・利用側が初期段階からデータの使い道を共有するモデルになり得る。
ただし、実証の成功を商用化と同一視してはいけない。必要なのは、年間を通じた連続運転の実績、二酸化炭素1トンあたりの総費用、電力消費量、薬品使用量、設備の寿命、環境監視にかかる費用を公開することだ。さらに、回収した二酸化炭素を地中に貯めるのか、燃料や化学品に作り替えて使うのかで、除去の永続性は変わる。燃料として再利用した場合は燃焼時に再び排出されるため、炭素除去というより資源の循環利用として評価すべきだ。久米島の成果は、回収量の大きさよりも、こうした条件を社会に示せるかで決まる。
ビジネスへの影響
企業はいま、相殺予算ではなく情報収集の段階と捉えるべき
企業の意思決定では、DOCをすぐに排出量の相殺手段として予算化するより、将来の除去調達に向けた情報収集と共同設計の段階と捉えるほうが現実的だ。まず確認すべきは、実証で測定される指標である。二酸化炭素1トンを回収するための電力、薬品、水量、設備費、保守費、処理水の監視費を分けて把握し、回収後の輸送・貯留まで含めた総費用で比較する必要がある。DAC、森林による吸収、バイオ炭、排出源でのCCSとは、効果の続く期間、土地利用、供給量、環境リスクが異なるため、単価だけで選ぶと調達の方針を誤る。
海運・航空会社は実証参加を契約設計まで結び付けるべき
海運会社や航空会社にとっては、実証参加を広報活動で終わらせず、燃料調達、顧客向け輸送サービス、将来の炭素除去契約に結び付けることが重要だ。例えば、一定量の除去を長期購入する契約を検討する場合でも、回収量が目標に届かなかったときに代替手段を認めるか、第三者による検証を誰が担うか、環境価値の所有権をどの時点で移すかを先に定めておくべきである。自社の排出削減実績と除去分を混同せず、製品や運航の説明では別々に示すことが、見せかけの環境配慮だという批判を避けることにつながる。
設備メーカーや地域事業者には地域単位の事業設計が商機
設備メーカーや地域事業者には、海水の取水設備、再生可能電力、淡水化、二酸化炭素の圧縮・輸送をまとめた地域単位の事業設計が商機になる。久米島で得たデータを港湾や離島へ広げるには、装置を大型化するだけでなく、電力が余る時間帯に運転する制御や、故障時にも海水処理を続ける仕組み、監視結果を地域住民に公開する仕組みまで設計する必要がある。投資判断では、回収量の目標だけでなく、規制の許認可、環境影響評価、炭素クレジットの認証条件が固まる時期を複数のシナリオで想定しておくべきだ。
今もっとも価値があるのは安値の除去量より実測データ
現段階でもっとも価値のある成果は、安価な除去量ではなく、商用化の前提となる実測データと責任分担を確立することだ。企業は実証結果を待つだけでなく、自社の残る排出量を用途別に分解し、10年単位で必要になる除去量、許容できる単価、求める永続性を整理しておくとよい。その準備があれば、DOCが有力になった時に先行して契約へ進める一方、環境負荷や費用が見合わない場合には別の除去手段へ切り替えられる。