REPORT 03

CCS貯留の現況と国内プロジェクト

苫小牧実証からCCS事業法、先進的CCS事業の9案件まで

回収したCO2を地中深くに閉じ込めるCCS(CO2貯留)は、CCUSバリューチェーンの出口を担う中核事業です。日本では2024年のCCS事業法成立と先進的CCS事業の始動により、2030年度の貯留開始に向けた動きが一気に具体化しました。本ページでは、貯留の仕組みから国内プロジェクトの進捗、海外の大規模CCSの動向までを報告します。

このページの要点: 苫小牧実証で日本は30万トンのCO2圧入と長期モニタリングの実績を確立しました。2024年5月成立のCCS事業法で貯留事業の許可制度が整い、JOGMEC支援の先進的CCS事業9案件が2030年度までの事業開始を目指しています。CO2を船で運ぶ「輸送型CCS」は日本発のビジネスモデルとして注目されます。

CCSの仕組みと貯留のメカニズム

CCSでは、回収・圧縮したCO2を、地下800メートル以深の貯留層に井戸(圧入井)を通じて圧入します。貯留先となるのは、砂岩などの隙間の多い地層に塩水が満たされた「帯水層」や、生産を終えた「枯渇油ガス田」です。貯留層の上部には、CO2を通さない泥岩などの緻密な地層(遮蔽層・キャップロック)が存在することが立地の絶対条件となります。

圧入されたCO2は、遮蔽層による物理的な封じ込め(構造トラップ)に始まり、地層の隙間への捕捉(残留トラップ)、地層水への溶解(溶解トラップ)、そして長期的には鉱物との反応による固定(鉱物トラップ)と、時間の経過とともにより安定した形で地中に留まります。数十年から数百年のスケールで安定性が増していくことが、CCSが「恒久的な排出削減手段」と評価される根拠です。

事業としてのCCSは、貯留適地の探査・評価、圧入井の掘削、圧入操業、そして貯留後の長期モニタリングまでを含みます。石油・天然ガス開発と共通する技術が多いため、世界的にも国内でも、資源開発企業が貯留事業の主要プレイヤーとなっています。

苫小牧実証 日本のCCSの原点

日本のCCSを語る上で欠かせないのが、北海道苫小牧市で実施された大規模実証です。経済産業省・NEDOの委託を受けた日本CCS調査株式会社が、製油所の水素製造装置から回収したCO2を海底下の2つの貯留層に圧入する実証を行い、2016年4月から2019年11月までに累計30万トンの圧入を完了しました。

この実証の意義は、分離回収から圧入・モニタリングまでのフルチェーンを国内で完結させた点にあります。圧入停止後も地震計や観測井による長期モニタリングが継続されており、2018年に発生した北海道胆振東部地震の際にもCO2の漏出がないことが確認・公表されました。貯留の安全性に関する実データと、地域社会との合意形成プロセスの経験は、後続の商用プロジェクトにとって貴重な資産となっています。

苫小牧は現在、先進的CCS事業の対象地域の一つとして商用規模への拡張が検討されており、「実証の地」から「事業の地」への転換が進みつつあります。

CCS事業法の成立と事業環境の整備

2024年5月、CCS事業法(二酸化炭素の貯留事業に関する法律)が国会で成立しました。これは貯留事業を営むための法的枠組みを定めた日本初の法律であり、CCSビジネスの土台となる制度です。同法により、貯留に適した区域を国が「特定区域」として指定し、事業者を公募・選定した上で、試掘権・貯留権という新たな権利を許可する仕組みが導入されました。

事業規律の面では、貯留事業者にモニタリングの実施義務、漏出時の措置、貯留終了後の管理業務のJOGMECへの移管などが定められ、超長期にわたる管理責任の所在が明確化されました。事業者にとって最大の懸念だった「貯留したCO2を誰がいつまで管理するのか」という問題に制度的な答えが示されたことで、民間投資の判断材料が揃ったと言えます。

また、海底下への貯留については海洋汚染防止法の枠組みとの整合が図られ、CO2の船舶輸送や海外への輸出貯留を見据えたロンドン条約・議定書への対応も進められています。法制度の整備状況は、日本が主要国の中でも先行しているとの評価が国際機関から示されています。

先進的CCS事業 9案件の現況

政府目標である「2030年までの貯留開始」を実現するため、JOGMECは「先進的CCS事業」として支援対象案件を選定し、設計・調査費用を支援しています。2024年度には国内5地域と海外輸送を含む9案件が選定され、合計で年間約2,000万トン規模の貯留ポテンシャルに相当する事業群が動き出しました。2025年度には各案件が基本設計(FEED)段階へ移行し、最終投資決定(FID)に向けた作業が進んでいます。

図1 先進的CCS事業の主な案件(2024年度選定・概要)

案件・地域主な参画企業特徴
北海道 苫小牧出光興産、北海道電力、石油資源開発(JAPEX)実証実績のある地域。製油所・発電所由来CO2の貯留を計画
東新潟INPEX、JAPEX、東北電力ほか既存ガス田インフラを活用した陸域・沿岸貯留
首都圏INPEX、大手エネルギー・素材企業大排出地域から沖合貯留層への圧入を構想
九州西部沖ENEOS、JX石油開発、電源開発(J-POWER)製油所・火力発電由来CO2の海底下貯留
マレーシア等への輸送貯留三菱商事、日本郵船、ペトロナス系ほか液化CO2を船舶輸送し海外の貯留地へ圧入する越境CCS

公表資料に基づく代表例の整理。参画企業・スキームは検討の進展により変更される場合があります。

特徴的なのは、排出企業(製鉄・化学・電力・製油)、貯留を担う資源開発企業、輸送を担う海運・商社が案件ごとにコンソーシアムを組む「ハブ&クラスター型」の事業構造です。複数の排出源から集めたCO2を共通インフラで輸送・貯留することで、規模の経済を効かせてトンあたりコストを下げる狙いがあります。

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液化CO2輸送と海外貯留

国内の貯留適地は日本海側や北海道など、大排出地域から距離のある場所に偏在しています。このギャップを埋める鍵が、CO2を液化して船舶で運ぶ液化CO2輸送です。日本は液化ガス輸送の造船・海運技術に強みを持ち、世界初の液化CO2輸送の実証試験船「えくすくぅる」が2023年に竣工、舞鶴と苫小牧の間などで輸送実証が行われてきました。日本郵船や商船三井は、欧州のCCSプロジェクト向け大型液化CO2輸送船の保有・運航にも相次いで参画しています。

さらに、国内貯留だけでは将来の需要を賄えない可能性を見据え、マレーシアやオセアニアなど海外の大規模貯留地へCO2を輸出する「越境CCS」の検討が本格化しています。三菱商事・三井物産・ENEOSなどが海外の資源開発企業と覚書を交わし、アジア太平洋地域でのCCSバリューチェーン構築を進めています。CO2の越境移動にはロンドン議定書に基づく二国間取り決めが必要であり、政府間の枠組みづくりと民間の事業開発が並行して進む状況です。

海外の大規模CCSプロジェクト

世界に目を向けると、CCSの商用化は欧州と北米が先行しています。象徴的なのがノルウェーの国家プロジェクト「Longship」の中核をなす「Northern Lights」です。Equinor、Shell、TotalEnergiesの3社が運営するこの事業は、欧州各国の排出源から船舶で受け入れたCO2を北海の海底下に貯留する世界初の越境CCSサービスであり、2025年8月に商業運転として最初のCO2圧入を開始しました。第1期の年間150万トンに続き、年間500万トンへの拡張投資も決定済みです。

米国では、45Q税額控除を追い風に、メキシコ湾岸を中心として多数の貯留プロジェクトが計画され、貯留井(クラスVI井)の許可申請が急増しています。ExxonMobilはCO2パイプライン網を持つDenburyを買収し、排出源から貯留までを一括受託する「カーボンマネジメント事業」を立ち上げました。オランダのPorthos、英国のEast Coast Clusterなど、産業集積地単位でのハブ型CCSも建設段階に入っています。

ビジネスユニットの視点で国内CCSを見ると、参入機会は貯留事業そのものに限られません。地質調査・坑井掘削・圧入設備・配管・計測機器・水処理・保守点検といった多層のサプライチェーンが立ち上がるほか、モニタリングデータの解析、保険・ファイナンス、地域合意形成の支援といった専門サービスの需要も生まれます。2030年度の貯留開始に向けて建設投資が集中する2027〜2029年は、関連産業にとって最初の商機の山になると見込まれます。

これらの海外事例は、CCSが補助金頼みの実証から「インフラサービス業」へ移行しつつあることを示しています。国内案件の事業モデル設計にも、こうしたハブ型・サービス型の発想が取り入れられています。コスト構造と支援制度の国際比較はCCUSのコストと政策を、参画企業の詳細はCCUS主要企業の動向をご覧ください。