CO2の回収・削減・除去に経済的な価値を与えるのがカーボンクレジットであり、CCUS・炭素回収ビジネスの収益を左右するインフラです。日本では2026年度にGX-ETS(排出量取引制度)が本格稼働し、クレジット市場は「任意の取り組み」から「制度に裏打ちされた市場」へと質的に変わりつつあります。本ページでは、国内外のクレジット制度の構造と価格動向、企業の調達戦略を報告します。
カーボンクレジットの基本と分類
カーボンクレジットとは、CO2の排出削減量や吸収・除去量を第三者が認証し、1トン単位で取引可能にした証書です。クレジットを購入した企業は、自社で削減しきれない排出量の相殺(オフセット)や、制度上の義務履行に充当できます。CO2という見えない環境価値を金銭化する仕組みであり、CCUS事業の収益源としても機能します。
クレジットは2つの軸で分類できます。第一の軸は創出方法です。省エネ・再エネ導入・燃料転換などにより排出を減らす「削減系」と、森林吸収・DAC・BECCSなどにより大気からCO2を取り除く「除去系(CDR)」があります。第二の軸は市場の性格です。排出量取引制度など法規制に基づく「コンプライアンス市場」と、企業が自主的な目標達成のために取引する「ボランタリー市場」に分かれます。
世界のボランタリークレジット市場は年間取引額が数千億円規模で推移してきましたが、品質問題による停滞と、除去系への需要シフトという構造変化のただ中にあります。一方、コンプライアンス市場はEU-ETSだけで年間取引額が100兆円規模に達し、日本のGX-ETS本格化により国内でも制度市場の存在感が急速に高まっています。
J-クレジット制度と東証市場
J-クレジットは、国内の省エネ・再エネ・森林管理などによる排出削減・吸収量を国が認証する制度です。認証量は累計で1,000万トンを超え、再エネ発電由来・森林由来クレジットを中心に、大企業のオフセット需要や中小企業の脱炭素経営への活用が広がっています。
流通面の転機となったのが、2023年10月の東京証券取引所カーボン・クレジット市場の開設です。J-クレジットが取引所で売買されるようになり、価格の透明性が生まれました。取引価格は種別によって大きく異なり、省エネ由来が1トンあたり数千円台、再エネ電力由来がそれより高め、森林吸収由来は1万円を超える水準で取引されるなど、「同じ1トンでも由来によって価格が違う」というクレジット市場の特徴が明確に表れています。
CCUSとの関係では、CCSによる貯留量やカーボンリサイクル製品への固定量をどのようにクレジット化するかの方法論整備が進められており、J-クレジットの対象方法論の拡充やGX-ETSにおけるカーボン・クレジットの活用ルールが、国内CCUS事業の収益設計に直結する論点となっています。
GX-ETS 排出量取引制度の本格稼働
GX-ETSは、GX推進機構の下で運営される日本の排出量取引制度です。2023年度からGXリーグ参加企業による試行フェーズが始まり、2025年5月に成立した改正GX推進法によって法定制度へ格上げされ、2026年度から本格稼働しました。CO2を年間10万トン以上直接排出する企業は参加が義務となり、対象企業の排出量は国内総排出量の6割前後をカバーすると見込まれています。
制度設計では、企業ごとに排出枠が割り当てられ、実排出が枠を下回れば余剰を売却、上回れば市場から排出枠やクレジットを調達して充当します。さらに2033年度からは発電部門を対象に排出枠の有償オークションが段階導入される計画で、化石燃料賦課金(2028年度導入予定)と合わせて、日本のカーボンプライシングは着実に強化される道筋が示されています。
CCUS事業にとってGX-ETSの本格稼働は、「CO2を回収・貯留すれば排出枠の購入を回避できる」という明確な経済合理性を生み出します。炭素価格が上昇するほど、回収コストとの差が縮まり、CCUS投資の回収可能性が高まる構造です。排出枠価格の推移は、CCUS・炭素回収ビジネス全体の先行指標として注視すべき数字と言えます。
JCM(二国間クレジット制度)
JCM(Joint Crediting Mechanism)は、日本の脱炭素技術をパートナー国に導入し、実現した排出削減量を両国で分け合う二国間クレジット制度です。パートナー国は東南アジア・アフリカ・中南米などに拡大を続け、30カ国前後に達しています。パリ協定6条に基づく市場メカニズムの実装例として国際的にも先行しており、削減成果を日本のNDC(国別削減目標)達成に算入できる点が特徴です。
従来のJCMは省エネ設備や再エネ導入の案件が中心でしたが、近年はCCUS分野への拡張が重要テーマとなっています。アジアの産業排出源から回収したCO2を域内の貯留適地に運ぶ越境CCSをJCMの枠組みでクレジット化できれば、日本企業が持つ回収技術・輸送インフラ・資金力をアジア全体の脱炭素に展開する事業モデルが成立します。政府は2040年までにJCM等による累積1億トン程度の国際貢献を目標に掲げており、商社やエンジニアリング企業がフィージビリティ調査を活発化させています。
ボランタリー市場とCDRクレジット
ボランタリークレジット市場では、VerraのVCSやGold Standardといった国際的な認証基準の下で、森林保全(REDD+)や再エネ由来のクレジットが大量に流通してきました。しかし、一部の森林保全クレジットで削減効果の過大計上が指摘されたことを機に品質への信頼が揺らぎ、市場は量から質への転換を迫られています。ICVCM(品質基準を定める国際機関)によるコア炭素原則(CCP)ラベルなど、品質を担保する仕組みの整備が進行中です。
この流れの中で急成長しているのが、DAC・BECCS・バイオ炭・岩石風化などによる除去系のCDRクレジットです。恒久性の高い除去は「高品質」の代名詞となり、削減系クレジットが1トンあたり数ドル〜十数ドルで取引されるのに対し、DAC由来は数百ドル、BECCS由来は100〜200ドル前後と、大きな品質プレミアムがついています。
図1 クレジット種別の価格帯の目安(1トンあたり)
公表されている取引事例に基づく目安。契約条件・時期により大きく変動します。
買い手はMicrosoft、Google、Frontier連合(Stripe・Alphabet・Meta等)などのテック企業が中心で、数年先の除去量を先渡しで買い取るオフテイク契約により、供給側の設備投資を支える構図が定着しつつあります。CDR調達の具体的な動きはブログ記事「企業のCDRクレジット調達最前線」で詳しく報告しています。
企業の調達戦略と実務の論点
クレジットを活用する企業側の実務では、まず「何のために購入するのか」の整理が出発点となります。GX-ETSでの義務履行に使えるクレジットは制度上の適格性が定められており、ボランタリーな カーボンニュートラル宣言に使うクレジットとは求められる要件が異なります。また、SBTi(科学的根拠に基づく目標設定)では、バリューチェーン内の削減が原則とされ、クレジットによる相殺は残余排出への対応やネットゼロ達成時の中和手段と位置づけられるため、「クレジットを買えば削減目標を達成できる」わけではない点に注意が必要です。
また、GX-ETSの本格稼働により、排出量の算定・報告・検証(MRV)体制の整備、社内カーボンプライシングの導入、排出枠・クレジットの調達予算化など、財務・経理部門を巻き込んだ全社的な対応が必要になりました。カーボンクレジットはもはや環境部門だけのテーマではなく、調達・財務・経営企画が一体で扱う経営資源になりつつあります。
調達実務では、クレジットの由来(プロジェクトタイプ)、認証基準、ビンテージ(創出年)、恒久性、二重計上リスクの確認が基本となります。品質の高い除去系クレジットは供給が限られるため、大手企業は複数年の長期契約や、クレジット創出事業への直接出資によって供給を確保する動きを強めています。クレジット価格の見通しはCCUS事業の収益性そのものであり、CCUSのコストと政策で報告するカーボンプライシングの動向と合わせて把握することが重要です。