企業のCDRクレジット調達最前線

CDR(炭素除去)クレジットの購入契約を検討する企業のサステナビリティ担当チーム

なぜ企業がCDRクレジットを買うのか

CDR(Carbon Dioxide Removal:炭素除去)クレジットの企業調達が、カーボンクレジット市場の新しい主役になりつつあります。CDRとは、DAC(直接空気回収)やBECCS(バイオマス発電とCO2貯留の組み合わせ)、バイオ炭、岩石風化、植林などにより、大気中のCO2を正味で取り除いた量を認証したクレジットです。

企業がCDRを買う動機は、ネットゼロ目標の構造にあります。SBTi(Science Based Targets initiative)のネットゼロ基準では、企業はまず自社とサプライチェーンの排出を9割以上削減することが求められ、それでも残る5〜10%程度の残余排出は「恒久的な炭素除去」で中和しなければなりません。つまり、2040〜2050年のネットゼロ達成を宣言した企業は、将来必ずCDRを大量に必要とするのです。加えて、削減系クレジットの品質問題が相次いで指摘されたことで、「グリーンウォッシュ批判を受けにくい高品質なクレジット」としてCDRへの需要シフトが起きています。

現在のCDR供給量は世界全体でも年間数百万トン規模と、将来の需要に比べて圧倒的に不足しています。この需給ギャップを見越して、先行企業は数年〜10年先の除去量を今のうちに確保しに動いている。これがCDR調達競争の基本構図です。

Microsoftが牽引する大型契約

CDR調達の最前線を走るのはMicrosoftです。同社は2030年カーボンネガティブ目標を掲げており、その達成手段としてCDRの大量購入を続けています。2024年にはスウェーデンのStockholm ExergiのBECCS事業から333万トン、米1PointFiveのDACから50万トンの除去量を購入する契約を締結しました。2025年に入っても、植林による除去を手がけるChestnut Carbonから700万トン、ルイジアナ州のBECCS事業AtmosClearから675万トンと、数百万トン級の契約を立て続けに発表しており、同社単独で世界のCDR購入量の過半を占めるとされる年もあるほどです。

もう一つの重要プレイヤーがFrontier連合です。決済企業StripeがAlphabet、Meta、Shopify、McKinseyなどと組成した約10億ドルの先行購入枠組み(Advance Market Commitment)で、有望な除去技術のスタートアップから将来のクレジットを先渡しで買い取ることで、技術の商用化を資金面から支えています。GoogleやSalesforce、航空・海運業界の共同購入枠組みなど、買い手の裾野も着実に広がっています。

これらの大口契約に共通するのは、単なるクレジット購入ではなく「産業育成への投資」という性格です。買い手は高値を承知で長期契約を結び、供給者はその契約を担保に設備投資の資金を調達する。CDR市場は、買い手が市場を作る「デマンドプル型」の産業として立ち上がっています。

オフテイク契約と価格の実勢

CDR調達の主流となっている契約形態が「オフテイク(先渡し購入)契約」です。これは、まだ建設中・計画中の除去プロジェクトから、将来生産されるクレジットを複数年にわたり一定価格で買い取る契約で、電力業界のPPA(電力購入契約)に似た構造を持ちます。供給者にとっては収入の予見性が設備投資の与信を支え、買い手にとっては将来の供給と価格を先に確定できる利点があります。

価格の実勢は除去方式によって大きく異なります。公表されている取引事例からは、バイオ炭が1トンあたり100ドル前後、BECCSが100〜200ドル程度、DACは数百ドルという水準感が読み取れます。恒久性が高く測定が容易な方式ほど高値がつく「品質プレミアム」の構造です。一方、植林・土壌系の除去は数十ドル台からと安価ですが、恒久性や測定精度の面で評価が分かれ、買い手はポートフォリオとして複数方式を組み合わせるのが一般的になっています。

市場インフラも整いつつあります。CDR専門の仲介・格付けを行うプラットフォームや、除去量の登録簿(レジストリ)、保険商品などが登場し、Puro.earthやIsometricといったCDR特化型の認証基準が取引の共通言語になり始めています。

品質評価の実務 何を確認すべきか

CDRクレジットの調達実務では、品質評価が最大の作業になります。第一の論点は「恒久性(Durability)」です。地中貯留や鉱物化による除去は千年単位の固定が期待できる一方、森林や土壌への固定は火災・伐採などで再放出されるリスク(リバーサル)があります。自社のネットゼロ主張にどの程度の恒久性が必要かを定め、リスクに応じたバッファ(予備クレジット)の設定を確認することが基本です。

第二の論点は「MRV(測定・報告・検証)」です。除去量がどのような方法で測定され、誰が検証したのか。特に新しい除去方式では測定方法論そのものが発展途上であり、認証基準(Puro.earth、Isometric、Verra等)の方法論の成熟度を見極める必要があります。第三に「追加性と二重計上の回避」です。その除去が クレジット収入なしでも実施されたものではないか、同じ除去量が複数の主体の目標達成に重複計上されていないか、レジストリでの無効化(リタイアメント)処理まで含めて確認します。

実務的には、大手買い手が公開している調達基準やデューデリジェンス項目が優れた参考資料になります。Microsoftが毎年公表するCDR調達レポートは、方式別の評価基準や契約実務の考え方まで開示しており、この分野の事実上の教科書として広く参照されています。

日本企業への示唆

日本企業のCDR調達はまだ初期段階ですが、動きは始まっています。商社がバイオ炭や海外除去プロジェクトのクレジット取扱を開始し、航空会社や金融機関が試験的な購入を公表するなど、先行事例が積み上がりつつあります。GX-ETSにおける除去系クレジットの位置づけや、J-クレジットにおけるバイオ炭・貯留系方法論の整備が進めば、国内の需要は一段と広がるでしょう。

ネットゼロ目標を掲げる企業のビジネスユニットにとっての示唆は3点です。第一に、残余排出の中和に必要なCDR量を早めに試算しておくこと。第二に、供給が逼迫する高品質CDRは「必要になってから買う」のでは間に合わない可能性があり、少額でも早期にポートフォリオ購入を始めて調達ノウハウを蓄積すること。第三に、買い手としてだけでなく、自社の技術・資産(バイオマス、未利用地、貯留関連技術など)がCDRの供給側に回れないかを検討することです。除去クレジットの価格水準を考えれば、供給側に立つことは新規事業の選択肢にもなり得ます。

クレジット市場全体の制度構造はカーボンクレジット市場で、除去技術の詳細はCO2回収技術の現況で報告していますので、併せてご覧ください。

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