REPORT 08

CCUSビジネスの将来展望 2030-2050

炭素回収は「コスト」から「産業」へ 中長期シナリオと事業機会

CCUS・炭素回収ビジネスは、2020年代後半の現在、実証から商用化への移行期にあります。2030年の国内貯留開始、2040年代の除去(CDR)市場の本格化、そして2050年カーボンニュートラルへ。本ページでは、時間軸に沿った業界のマイルストーンと市場シナリオ、日本企業の事業機会、注視すべきリスクを展望します。

このページの要点: 2030年までは政策主導で国内CCSの初期案件が立ち上がり、2030年代はカーボンプライシング強化とコスト低減の交差により自立的な市場が形成される見通しです。2040〜2050年には残余排出の相殺需要からCDRが巨大市場となり、CCUSは「カーボンマネジメント産業」へ進化すると見込まれます。

2030年に向けたマイルストーン

今後5年の国内CCUSは、明確なマイルストーンに沿って進みます。制度面では、2026年度にGX-ETSが本格稼働し、2028年度に化石燃料賦課金、2033年度に発電部門の排出枠有償化と、カーボンプライシングが段階的に強化されます。事業面では、先進的CCS事業の各案件が最終投資決定(FID)を経て建設段階に入り、2030年度までの貯留開始、すなわち「日本初の商用CCS」の実現を目指します。

図1 CCUS・炭素回収ビジネスの中長期タイムライン

  • 2024-2025CCS事業法成立・施行。先進的CCS事業9案件が設計段階へ。海外で大型DAC・CCSの商用運転開始
  • 2026GX-ETS本格稼働(大排出企業の参加義務化)。国内案件のFID判断が本格化
  • 2028化石燃料賦課金の導入。炭素価格シグナルの強化
  • 2030国内で年間600万〜1,200万トンの貯留開始目標。合成燃料・e-methaneの商用化初期段階
  • 2033発電部門への排出枠有償オークション段階導入
  • 2040貯留規模拡大・カーボンリサイクル製品の普及期。CDR市場の本格拡大
  • 2050国内年間1.2億〜2.4億トン貯留の想定。カーボンニュートラル達成にCDRが不可欠に

政府ロードマップ・公表計画に基づく整理。時期は今後の政策・市場動向により変動します。

この期間の焦点は、初期案件が予定通りFIDに到達できるかです。コスト分担の枠組み、CO2の集荷量の確保、地域の理解という3条件が揃った案件から順に動き出すと見られ、2030年前後には「動いた案件」と「残った案件」の選別が明確になるでしょう。海外でも同じ時期に米国・欧州・アジアの大型案件が相次いで稼働時期を迎えるため、2030年前後は世界のCCUS産業にとって「約束の実行力」が一斉に試されるタイミングとなります。設備・人材・エンジニアリング能力の需給が世界規模で逼迫する可能性もあり、サプライチェーンの確保が事業計画の隠れた論点になりつつあります。

技術ロードマップ コスト低減の道筋

技術面の将来は、コスト低減のロードマップとして描けます。分離回収では、現行のアミン化学吸収法の改良に加え、固体吸収材・膜分離といった省エネ型技術の商用化が2020年代後半から2030年代前半にかけて進み、回収コストを段階的に引き下げると期待されています。政府目標では、高圧ガス由来で1トンあたり1,000円台、燃焼排ガス由来で2,000円台という2030年代の分離回収コスト水準が掲げられています。

DACのコスト低減はさらに野心的です。現状の1トンあたり600〜1,000ドルに対し、各社は2030年代に100〜200ドル台を目標に掲げます。鍵となるのは、モジュール量産によるCAPEX低減、安価な再エネ・排熱の活用、吸収・吸着材の性能向上の3点です。太陽光発電が20年で10分の1のコストになった前例に倣い、「学習率」がどこまで効くかが業界最大の技術論点と言えます。

輸送・貯留でも、液化CO2輸送船の大型化・標準化、貯留サイトの探査技術の高度化、モニタリングの自動化・低コスト化が進みます。特に、光ファイバーセンシングやAIを活用した貯留層モニタリングは、数十年に及ぶ管理コストを左右する技術として、計測・IT企業の参入が見込まれる分野です。

市場規模シナリオ 削減市場と除去市場

CCUS市場の将来は、2つの市場の重ね合わせで考える必要があります。第一は「削減市場」、すなわち産業・発電の排出削減としてのCCUSです。IEAの試算では、ネットゼロ達成には2050年に世界で年間数十億トン規模のCO2回収が必要とされ、設備投資・運転・サービスを含む関連市場は累計で数百兆円規模に達するとの見方があります。国内でも、貯留・輸送インフラだけで数兆円規模の投資が2030年代に見込まれています。

第二は「除去市場(CDR)」です。SBTiのネットゼロ基準では、企業は削減しきれない残余排出(総排出量の5〜10%程度)を恒久的な除去で中和することが求められます。世界の企業の残余排出を考えれば、CDRの潜在需要は年間数十億トン、価格を1トン100ドルとしても年間数十兆円という巨大市場が2040年代に立ち上がる計算になります。現在のCDR市場は先行企業の先渡し購入が中心の黎明期ですが、需要の桁が変わることはほぼ確実視されています。

もっとも、シナリオには幅があります。再エネ・省エネの進展が想定を上回れば削減市場としてのCCUS需要は下振れし、逆に排出削減が遅れるほど除去市場が拡大するという、気候政策全体の成否と裏表の関係にある点は押さえておくべきです。

日本企業の事業機会

日本企業にとっての機会は4つの領域に整理できます。第一に技術輸出です。CO2回収装置で世界トップクラスの実績を持つ重工各社、吸収液・吸収材・分離膜を開発する化学メーカーにとって、拡大する世界の回収需要はそのまま輸出機会となります。第二にアジア展開です。産業排出の多いアジアには貯留適地も多く、JCM(二国間クレジット制度)を活用した回収・貯留プロジェクトの組成は、商社・エンジニアリング・資源開発企業の複合的な事業機会となります。

第三に国内の貯留ハブ・インフラ事業です。苫小牧・東新潟・九州西部沖などの先行案件が軌道に乗れば、CO2の集荷・輸送・圧入を担う長期安定型のインフラビジネスが生まれます。第四に液化CO2輸送船です。LNG船で培った造船・海運の技術力を武器に、世界の越境CCS向け輸送市場で日本勢がシェアを取る余地は大きいと見られています。

加えて、モニタリング・認証・保険・ファイナンスといった周辺サービスも見逃せません。貯留の長期責任やクレジットの品質保証には、計測技術、第三者認証、リスク引受の専門性が必要であり、製造業以外の企業にも参入機会が広がっています。

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リスクと課題 何が成長を止めうるか

楽観シナリオの裏側にあるリスクも直視する必要があります。最大のリスクはコスト低減の遅れです。CCUSは規模の拡大によるコスト低減を前提に計画されていますが、初期案件の建設費高騰や資材・人件費インフレが続けば、「高いから普及しない、普及しないから高い」という悪循環に陥りかねません。海外では建設費の上振れにより延期・中止となった回収プロジェクトも複数報告されています。

第二に政策変動リスクです。CCUSの収益は税額控除・補助金・排出量取引に依存するため、政権交代や財政事情による制度変更が事業性を直撃します。第三に社会的受容性です。貯留の安全性への懸念、「化石燃料の延命策ではないか」という批判(モラルハザード論)への説明責任は、地域合意と世論の両面で継続的な取り組みを要します。CO2の漏出事故が万一発生すれば、業界全体の信頼が損なわれるだけに、安全管理とモニタリングへの投資は「守りの生命線」です。

第四にクレジット市場の信認リスクがあります。除去量の測定・報告・検証(MRV)ルールが未成熟なまま市場が拡大すれば、品質問題の再燃により需要が冷え込む恐れがあります。国際的なルール形成への関与は、日本の産業界にとっても他人事ではありません。

2050年のCCUS産業の姿

2050年のCCUSを描くと、次のような産業像が浮かびます。国内では複数の貯留ハブが稼働し、製鉄所・化学コンビナート・セメント工場からのCO2がパイプラインと内航船で集められ、年間1億トン規模が海底下へ圧入されています。都市ガスはe-methaneに置き換わり、航空燃料には合成SAFが混合され、コンクリートへのCO2固定は建設の標準仕様となっている。DACプラントは再エネ適地で除去クレジットを生産し、企業の残余排出を中和する。そんな「炭素の動脈・静脈物流」が社会インフラとして定着した姿です。

その世界では、CCUSという言葉自体が「カーボンマネジメント産業」へと発展的に解消されているかもしれません。CO2の回収・輸送・利用・貯留・除去・クレジット化を一気通貫で扱う産業は、エネルギー産業や物流産業に匹敵する裾野を持ちます。現在はその産業の設計図が引かれている段階であり、バリューチェーンのどこに自社の旗を立てるかを考える好機と言えるでしょう。基礎からの整理はCCUSの基礎と全体像を、直近の事業環境はCCUSのコストと政策を併せてご覧ください。