DAC開発競争の最前線と課題

広大な敷地に並ぶDAC(直接空気回収)プラントの大型ファンモジュールと点検する技術者

なぜDACに資金が集まるのか

大気中のCO2を機械で直接回収するDAC(Direct Air Capture:直接空気回収)は、CCUS・炭素回収ビジネスの中でも特に投資の熱量が高い分野です。大気中のCO2濃度は約0.04%と極めて希薄であり、工場排ガスからの回収に比べて技術的にもコスト的にも不利であるにもかかわらず、世界のベンチャーキャピタルや大手企業の資金がこの分野に流れ込み続けています。

理由は明快で、DACが「品質の高い炭素除去(CDR)クレジット」を生み出せるからです。企業がネットゼロを達成するには、削減しきれない残余排出を大気からの除去で中和する必要があります。DACは回収量の測定が明確で、貯留と組み合わせれば千年単位の恒久性を主張でき、森林由来クレジットのような反転リスク(山火事等による再放出)もありません。除去クレジットの「最高級品」として、1トンあたり数百ドルという高値でも先行予約が入る状況が、この分野の開発競争を支えています。

また、DACは立地の自由度が高く、再生可能エネルギーの適地や貯留地の直上に建設できるため、排出源と貯留地を結ぶ長距離輸送が不要になるという構造的な利点もあります。「気候変動対策の最終手段」と「新しい輸出産業の種」という2つの顔が、各国政府の支援を引き寄せています。

主要プレイヤーの技術方式と資金調達

商用化の先頭を走るのはスイスのClimeworksです。固体吸着材にCO2を吸着させ、加熱して回収する固体吸着方式を採用し、アイスランドで地熱エネルギーを利用した「Orca」(年間約4,000トン)、続いて設計能力年間3万6,000トンの「Mammoth」を2024年に稼働させました。回収したCO2は玄武岩層に圧入され、鉱物化により恒久固定されます。同社は累計8億ドル超のエクイティ調達で知られる一方、2025年には市場の立ち上がりの遅れから人員削減を発表しており、先行者ゆえの試練も経験しています。

規模で圧倒するのが米オキシデンタル・ペトロリアム傘下の1PointFiveです。買収したCarbon Engineeringの液体吸収方式(水酸化カリウム系溶液)を用いた大規模プラント「STRATOS」(テキサス州、年間最大約50万トン)を2025年に稼働させました。石油会社の資本力とプロジェクト遂行力を背景に、米エネルギー省のDACハブ支援も獲得し、AmazonやMicrosoft、航空会社などと大口のクレジット販売契約を積み上げています。

このほか、石灰石の炭酸化サイクルを利用する米Heirloom、亜鉛などの電気化学プロセスを使う新興勢、モジュール量産型の小型DACを掲げるスタートアップ群など、技術方式は百花繚乱の状態です。どの方式が本命かはまだ決着しておらず、「エネルギー源の安さ」と「装置の量産性」のどちらで勝負するかという戦略の違いが各社の個性になっています。

「100ドルの壁」とコスト低減シナリオ

DACビジネス最大の論点はコストです。現在の回収コストは1トンあたり600〜1,000ドル程度とされ、これを2030年代に100〜200ドル台へ引き下げられるかが、市場が桁違いに拡大するかどうかの分水嶺と見られています。1トン100ドルという水準は、米国の45Q税額控除(DACによる貯留で180ドル/トン)や企業の支払い許容額と整合する「マジックナンバー」として業界で共有されてきました。

コスト低減の道筋は3つあります。第一に装置の量産効果です。DACはモジュール型の設備であり、太陽光パネルや蓄電池と同様に、生産量が倍増するごとにコストが一定率で下がる「学習曲線」が効きやすいと期待されています。第二にエネルギーコストです。DACのコストの多くは吸着材の再生に使う熱と電力であり、安価な再エネ・地熱・排熱をどう確保するかが立地戦略の核心になります。第三に吸着材・吸収液そのものの性能向上で、少ないエネルギーでより多くのCO2を脱着できる素材の開発競争が、化学メーカーを巻き込んで進んでいます。

一方で、慎重な見方もあります。大気からの回収には熱力学的な下限コストが存在し、「100ドルは楽観的すぎる」との試算も学術界には少なくありません。先行企業の実績コストがどこまで下がるか、今後数年の実データが業界全体の投資判断を左右することになります。

日本企業の参入状況

日本でもDACへの参入が始まっています。代表格は川崎重工業で、石炭火力向けに開発した固体吸収材による分離回収技術(KCC)を大気中の低濃度CO2へ応用する開発を進め、実証装置での回収試験を重ねています。固体吸収材は比較的低温で再生できるため、工場排熱などを活用した省エネ型DACとしての展開が期待されています。

商社では、双日が海外DAC企業への出資を通じて除去クレジットの供給網確保に動くなど、「技術開発」ではなく「権益確保」からの参入も見られます。また、大学・研究機関発では、名古屋大学発スタートアップや物質・材料研究機構の研究チームが、新しい吸収材・分離膜によるDAC要素技術の開発を進めており、素材立国の強みを活かせる領域として注目されます。NEDOのムーンショット型研究開発事業でも、大気からのCO2回収を含むネガティブエミッション技術が重点テーマに位置づけられています。

日本国内は再エネ電力が相対的に高く、DACプラントの国内立地は不利という制約があります。このため日本勢の現実的な勝ち筋は、吸収材・熱交換器・ファン・制御といった要素技術やモジュールの供給、そして海外の安価なエネルギー適地で展開されるプロジェクトへの出資・エンジニアリング参画になると見られています。

市場の展望 淘汰と拡大の同時進行

DAC市場の当面の姿は、「淘汰と拡大の同時進行」になるでしょう。買い手側の需要は、MicrosoftやFrontier連合など先行企業の大型調達に支えられて拡大を続けており、除去クレジット市場全体の成長は確実視されています。一方、供給側のスタートアップは資金調達環境の変動に晒されており、実績を出せない企業の淘汰や大手による買収・統合は避けられません。Climeworksの人員削減や、石油メジャー・重工大手による技術取り込みの動きは、業界が「夢を語る段階」から「実行力を問われる段階」へ移ったことを示しています。

ビジネスユニットとしてこの分野を見る際は、個々の企業の栄枯盛衰よりも、「どの技術方式のコストが実際に下がっているか」「大口買い手の契約がどの方式に集まっているか」という2つの指標を追うことをおすすめします。DACを含むCO2回収技術の全体像はCO2回収技術の現況で、クレジット市場の構造はカーボンクレジット市場で整理していますので、併せてご覧ください。

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