英国CCUS「移行期アクセス契約」が変える脱炭素投資と炭素貯留市場の設計

英国CCUS「移行期アクセス契約」が変える脱炭素投資と炭素貯留市場の設計のイメージ

ニュースの概要

英国のエネルギー安全保障・ネットゼロ省は、二酸化炭素回収・利用・貯留を担う事業者に向け、「移行期アクセス契約」と呼ぶ新しい契約制度の詳細案を公表しました。CCUSは回収設備だけで成立する事業ではなく、集めた二酸化炭素を輸送し、長期にわたって貯留する共通基盤が必要です。そのため、先行する大型案件の後に参入する企業ほど、輸送網の利用条件や将来収入を見通しにくいという課題がありました。今回の提案は、こうした空白期間を埋め、個別補助から継続的な市場形成へ政策の軸足を移す試みといえます。

引用元: 英国政府、CCUS向け新契約モデル「移行期アクセス契約」の詳細案を提示(Sustainable Japan)

分析・見解

TAAの意義は、CCUSを単独の設備投資ではなく、複数の排出源と輸送網、貯留地点を結ぶ「ネットワーク事業」として扱い始めた点にあります。従来の支援は、政府が選定した大規模案件を成立させることに重点が置かれました。しかし、最初の案件だけで輸送管や圧入設備を整備すると、後続企業は設備の空き容量、接続時期、利用料金を自社で制御できません。逆に、後続案件が増えなければ共通基盤の稼働率が上がらず、料金も下がりにくい。この「鶏と卵」の問題を契約で緩和しようとするのが、移行期という考え方です。

ここで重要なのは、TAAが単なる補助金ではなく、投資リスクの配分を組み替える制度になり得ることです。CCUSの収益は、回収した二酸化炭素の処理費、排出削減価値、製品価格、将来の炭素価格など複数の要素から成ります。いずれか一つが不安定なままでは、回収設備だけでなく、輸送・貯留を担う中核事業者も最終投資判断に進みにくい。政府が一定期間のアクセス条件や収入の下支えを示せば、民間企業は設備の耐用年数全体ではなく、契約期間中の最低限の事業成立性を基準に判断できます。

一方で、制度の設計を誤ると、利用されない輸送網を公費で維持する結果にもなります。英国が確認すべきなのは、契約対象となる排出源の選定基準、二酸化炭素の品質責任、輸送停止時の補償、貯留容量の予約方法、契約終了後の責任分担です。特に貯留地点は、圧入量の実績だけでなく、漏えい監視や長期的な責任移転まで含めて評価する必要があります。回収設備の稼働率が高くても、貯留側の認可や海底下の地質評価が遅れれば、二酸化炭素は行き場を失います。

独自性のある視点は、TAAが「排出削減技術への支援」よりも、「接続権の標準化」に近い制度になる可能性です。電力網で発電所が送電網への接続条件を見て投資するように、CCUSでも排出事業者が共通の輸送網へ参加できるかどうかが、設備選定と立地を左右します。契約条件が透明になれば、製鉄、セメント、廃棄物処理、化学、精製といった異なる産業が同じ基盤を利用しやすくなります。これは、個別企業の高性能な回収装置を競わせる段階から、地域全体の排出量を束ねて単位当たり費用を下げる段階への移行です。

英国の先行事例は、同じ制度をそのまま他国へ移植できることを意味しません。英国には北海の貯留候補地、海上輸送の実績、排出削減政策を組み合わせる地理的な優位があります。日本では貯留候補地の開発、港湾周辺の排出源集約、越境輸送に関する国際ルールがより大きな論点になります。ただし、需要家を先に集め、共通基盤の投資回収を設計するという発想は共通します。英国のTAAは、CCUSを「技術が完成すれば普及する分野」ではなく、「契約と責任の標準化が普及速度を決める分野」だと明確に示す動きです。

ビジネスへの影響

企業にとって最初に確認すべきなのは、回収装置の性能ではなく、二酸化炭素をいつ、どの品質で、どの輸送網へ引き渡せるかです。TAAの対象になり得る事業者は、年間排出量だけでなく、操業開始時期、負荷変動、二酸化炭素中の水分や不純物、停止時の供給責任を早い段階で整理する必要があります。輸送網は一度接続すると変更費用が大きいため、設備発注前に契約条件と技術仕様を照合することが重要です。

排出企業は、CCUS導入を自社工場だけの案件として扱わず、近隣のセメント、廃棄物、化学、発電事業者と共同で排出量を束ねるべきです。一定量を長期契約できれば、輸送・貯留料金の交渉力が高まり、設備の最低稼働率も確保しやすくなります。逆に、単独で小規模な回収設備を導入すると、共通基盤の利用料金や接続待ちの影響で想定以上に費用が膨らむ可能性があります。

金融機関や投資家は、炭素価格の予測だけでなく、契約による収入の下限、政府支援の期間、契約相手の信用力、貯留責任の帰属を審査項目に加える必要があります。設備の減価償却期間とTAAの契約期間が合わなければ、契約終了後の収益が空白になります。企業は複数の貯留先、輸送手段、販売先を想定した感度分析を行い、制度変更や稼働遅延に備えた解除条項も交渉すべきです。日本企業にとっては、英国案件への機器供給だけでなく、品質管理、計量、監視、契約管理といった周辺サービスへの参入余地が広がります。

関連記事

← ブログ一覧へ戻る