英国CCUSのTAA新制度を読み解く:民間主導市場への転換と日本企業への示唆

英国CCUSのTAA新制度を読み解く:民間主導市場への転換と日本企業への示唆のイメージ

ニュースの概要

英国エネルギー安全保障・ネットゼロ省は7月22日、二酸化炭素回収・利用・貯留、いわゆるCCUSの回収案件を対象とする新しい契約制度、移行期アクセス契約、TAAの詳細案を示しました。対象となるのは、パイプラインを通じて輸送・貯留網へ接続する案件です。TAAでは、回収した二酸化炭素の流量料金や利用容量、ネットワーク関連費用を、原則として回収側が全額負担します。政府補助を前提に設備を拡大する段階から、利用者がインフラ費用を負担し、民間投資で市場を育てる段階へ移すことが制度の核心です。制度の最終的な詳細は2026年中に決まる見通しです。

引用元: 英政府、CCUSプロジェクト向け新契約モデルTAAの詳細案を公表(Sustainable Japan)

分析・見解

接続後の利用料を回収事業者が負担する制度設計

今回のTAA案で重要なのは、CCUS(=二酸化炭素の回収・利用・貯留)を単なる補助金付きの環境設備ではなく、輸送・貯留網を利用する商業サービスとして再設計しようとしている点です。これまでの初期市場では、回収設備を建設しても、輸送管の空き容量や貯留地点の受け入れ条件が確定しなければ稼働できませんでした。逆に、輸送・貯留事業者も、十分な二酸化炭素量の長期契約がなければ大規模な配管投資に踏み切れません。TAAはこの関係を、回収事業者が接続後の利用費を負担する形で整理しようとしています。

一トン当たりの総費用で採算を見極める投資選別へ

この設計には、投資の選別を早める効果があります。回収設備の建設費だけで採算を計算する案件は、今後通用しにくくなります。流量料金、予約容量に対する費用、ネットワーク維持費、計測や品質管理の費用まで含めた二酸化炭素一トン当たりの総費用を見なければ、実際の収益性を判断できないからです。特に製鉄、セメント、石灰、化学といった排出量の大きい産業では、排出源から集積拠点までの距離や稼働率が少し変わるだけで、単位費用が大きく動きます。設備の捕集率を高めることだけでなく、安定した流量を確保することが競争力になります。

「物流の引き受け手を決める制度」として捉え直す視点

独自の視点として、TAAは「回収技術を選ぶ制度」ではなく、「二酸化炭素の物流を誰が引き受けるかを決める制度」と捉えるべきです。従来は回収設備の性能や補助率が議論の中心でしたが、これからは鉄道や天然ガス網に近いインフラ利用契約の設計が成否を左右します。季節変動や設備停止で注入量が減った場合の最低利用量、他社の二酸化炭素を受け入れる順番、圧力や不純物の基準を契約で明確にしなければ、回収側と輸送側の双方が過大なリスクを抱えます。

各国比較と設備選定、2026年の詳細条件が焦点に

米国の45Q税額控除は、回収・貯留量に応じて投資収益を直接支える仕組みであり、英国のTAAとは政策手段が異なります。ノルウェーのLongshipのような大型案件では、国家が輸送・貯留網の初期リスクを大きく引き受けています。これに対し英国は、初期の公的関与を残しながら、利用料金を通じて民間の費用負担を強める方向です。資本市場から見れば、補助金の有無よりも、料金改定のルール、契約期間、貯留責任の移転時点、輸送網の稼働率保証の方が重要になります。

技術面では、回収設備の選定にも変化が出ます。アミン吸収法などの成熟技術だけでなく、蒸気や電力の消費量、負荷変動への追従性、二酸化炭素の純度を含めた全体最適が必要です。排出源が頻繁に操業を止める場合、回収量が契約容量を下回り、固定費負担が重くなる可能性があります。一方、複数工場を束ねるハブ型の集荷は、流量を平準化しやすく、一本の輸送網を効率よく使えます。英国の制度は、単独工場型よりも、産業クラスターと共有インフラの組み合わせを促す設計になりやすいでしょう。

今後の焦点は、2026年中に決まる詳細条件です。料金の上限や見直し頻度、契約解除時の負担、貯留失敗時の責任、輸送網の拡張費用を誰が支払うかによって、民間投資の回復力は大きく変わります。制度が厳しすぎれば、排出企業は設備投資を延期し、緩すぎれば公的支援への依存が長期化します。TAAの真価は、政府が市場から退くことではなく、政府が負うべき初期リスクと、利用者が負うべき運営リスクを切り分けられるかにあります。

ビジネスへの影響

稼働率を織り込んだ総コストで投資審査をやり直す

企業の意思決定では、回収設備の価格だけを比較する投資審査を改める必要があります。まず排出源ごとに、年間排出量、稼働時間、二酸化炭素の純度、輸送網までの距離を整理し、流量料金と容量料金を加えた総コストを複数の稼働率で試算すべきです。年間稼働率が90%の工場と60%の工場では、同じ接続容量でも一トン当たりの固定費が大きく異なります。停止期間や生産変動を契約に反映できるかが、設備性能と同じくらい重要です。

接続契約と最低利用量を早期に確保する必要性

回収事業者は、輸送・貯留事業者との接続契約を早期に確保し、最低利用量や容量予約の条件を確認する必要があります。単独で大容量を予約するより、近隣企業と集荷組合を作り、流量を平準化する方が交渉力と設備利用率を高められる可能性があります。セメントや石灰のように排出削減手段が限られる業種は、早い段階で長期の貯留枠を押さえる価値がありますが、契約期間が長いほど技術変更や生産縮小のリスクも増します。

機器メーカーは一括提案、金融機関は契約内容を精査

機器メーカーやエンジニアリング企業にとっては、回収装置単体の販売から、計測、圧縮、品質管理、運転最適化を含む一括提案へ移る機会です。日本企業が英国市場を狙う場合、捕集設備の効率だけでなく、英国の輸送網仕様、認証制度、責任分担、現地保守体制を組み込んだ提案が必要です。金融機関や投資家は、政府支援の金額より、二酸化炭素供給契約の分散度、貯留先の代替性、料金改定条項、稼働率低下時の負担を確認するとよいでしょう。

日本での応用は「容量リスクを誰が負うか」から始まる

日本企業への示唆は、英国案件をそのまま輸入することではありません。日本でも港湾部の産業集積を生かした共同輸送・貯留網を構想するなら、回収量の大きさだけでなく、誰が容量リスクを負うかを先に決める必要があります。TAAは、CCUS事業の採算表に「インフラを使わないリスク」ではなく、「使うと約束したのに使い切れないリスク」を明示させる契機になります。

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